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【コラム】タイ産業高度化に向けた人材育成への日本取り組み

産業機械グローバル経済事情

桑田 始

  • 職位:
  • 特任フェロー
  • 研究領域:
  • タイ産業高度化、デジタル化によるプラットフォームの組成

2019年8月6日
機械振興協会経済研究所 特任研究員 桑田 始



1. はじめに

 タイは、この5月新国王の戴冠式を終え、7月に3月の総選挙結果を反映したプラユット新政権がスタートしました。経済政策は、多党連立の影響を注視する必要がありますが、7月初旬に訪タイして政府・産業界・学界の方と面談しても、新憲法に拠り所を持つ『20か年国家開発戦略』(2017年~2036年)は変わらず、その実行プランのタイランド4.0、やEEC政策も基本的に維持される見込みです。
 昨年6月、タイ工業省から日本の経済産業省にタイ産業高度化に向けた人材育成に対する支援要望があり、その一環で経産省は研究会を設置し、タイ製造業における自動化・ロボット化の状況、今後自動化・ロボット化が期待される分野と関連した人材育成の課題を取りまとめています。今回、その背景と取りまとめ内容の概要を報告します。

2. タイランド4.0

 タイでは、2006年以降の国内政治不安の長期化、リーマンショック、洪水により、2015年までのタイの経済政策は、成長よりも安定を重視(足るを知る経済)しました。その結果は、2006年~2015年GDP平均3.4%成長(ASEAN10で最低)、一人当たりGDPも、2000年中国958$タイ2,028$→2010年中国4,524$、タイ5,065$→2016年中国8,113$、タイ5,899$と13億人強を抱える中国に追い抜かれました。これは、タイ人にとってショックで、『中心国の罠』に嵌っていると危機感が高まりました。既存のビジネスモデルの延長線上では発展パターンや経済戦略の転換はできないとの認識が共有されました。
 2017年公布の新憲法に基づく『20年国家開発戦略』ができ、具体策が、『タイランド4.0』と重点産業分野の企業誘致で集積化を図るEEC(東部経済回廊)政策です。『タイランド4.0』は、野心的だが、生産性を飛躍的にあげ、イノベーション能力を高めなければ高所得国への移行は困難、今後20年かけてタイを今までの工場(モノをつくる)としての役割から価値を作り出す経済に転換を図ります。技術を買うから付加価値を持続的に自ら作り出す先進国入りを目指し、ターゲット産業10業種(伝統的に強い既存5分野と新規未来4分野、デジタルは、既存産業と未来産業両分野にまたがる)を指定しました。

3. EEC

 EECは、3つの特色があります。①既存の東部臨海工業地帯を強化する。つまり、40年前から日本の円借款等(筆者も当時担当)でインフラ整備(深海港のレムチャバン、コンビナート港のマプタプット港、高速道路、工業用水、電力等)が進み、製造業の一大集積地としての成功事例。日系企業にとってASEAN 最大の製造拠点である。更なる交通・貿易・社会インフラ整備は、日系企業の発展にメリット多く、関心も高い。②ASEANのハブ機能を強化する。東西経済回廊と南北経済回廊の結節点の地の利ある。関税面で、タイはAFTAやASEAN+1に加え、既にRCEP各国とバイでのFTAあり、インド、ASEAN域内では他国に比し圧倒的に有利。③政府主導のインフラ整備(5年で1.5兆バーツ430億ドル)、過去最大の投資誘致政策(税制)を講じる。人材開発、R&Dも国家競争力強化基金(100億バーツ、350億円)設置。これまでは、海外からの支援依存型であったが、(正直、昔を知っていると雲泥の差ほど)格段にタイ政府も財政力高めている。また、PPP等色々スキームが多彩。人材開発、R&Dのようなソフト分野での補助金等も充実してきています。

4. タイ製造業における自動化・ロボット化

 タイでは、失業率が1%を切るなど、製造の現場では、慢性的な労働者不足、労働賃金の上昇、高い従業員の離職率など労働・賃金に関連する問題が山積し、タイの製造業の成長のボトルネックになっています。競争力低下を免れるには、労働量不足を補い、生産性向上を実現するため、製造現場の自動化・ロボット化が不可避です。しかし、タイでは、ロボットを導入したもののロボットを使いこなせる人材がいない、ロボット導入効果があがらない等の事例には事欠かない。人材育成の難しさが指摘されています。システムエンジニア、ロボットエンジニアの不足、技術サポート体制が未整備なのです。

5. タイのロボット導入状況

図1.製造業従業者1万人当たりの産業用ロボット稼働台数の国際比較(出所)IFR World Robotics 2018
図1.製造業従業者1万人当たりの産業用ロボット稼働台数の国際比較
(出所)IFR World Robotics 2018



 IFR(世界ロボット協会)の統計によれば、2017年、世界の産業ロボット出荷台数は、38万1千台(対前年比30%増)で、自動車産業12万6千台(シェア35%)、電気・電子産業12万1千台(同31%)が全体の65%を占める。製造業従事者1万人当たりの産業ロボット稼働台数(ロボット密度)は、韓国が710台でトップ、独が322台で第3位、日本が308台で第4位となっています。世界平均は85台です。
 タイにおける2017年のロボット出荷台数は3,386台(前年比30%増)産業分野別では、自動車産業(1,482台、シェア44%)、プラスチック・ゴム製品(654台、同19%)で電気・電子産業が少ない(203台、同6%)。ロボット密度は、46台/万人で、世界平均(85台/万人)を大きく下回る。また、産業別にタイのロボット密度をみると、タイの自動車産業は、974台で、日本の1,158台と比してもかなり高い水準にあることを考えると、その他の産業が極めて低い。  こうした事態に対し、タイ政府は、自動化・ロボット化推進産業を3区分して取り組んでいます。『緊急的産業』は、自動車産業、電気・電子産業、『維持強化すべき産業』として、食品加工業、農産物加工業、『将来に向けた産業』として、医療・健康産業、教育産業を挙げる。自動車産業は、タイは既にロボット導入の経験の蓄積があり、今後Tier2、Tier3への円滑な導入が喫緊の課題との認識です。
 

図2.タイにおける産業分野別出荷台数  
(出所)IFR World Robotics 2018
図2.タイにおける産業分野別出荷台数
(出所)IFR World Robotics 2018



 電気・電子産業、食品加工業、農産物加工業は、裾野も広くこの産業へのロボット導入が進めば、タイにおけるロボット需要は大きく伸びることが期待されます。しかし、いずれの産業も、生産技術部門がほぼないことから、外部でシステム提案を行うことができるロボット・システムインテクレーター企業の手助けが必要である。従って、この分野のロボット導入促進には、個人のスキル向上だけでなくロボット・システムインテグレーター企業の抜本的な育成策が不可欠と認識されています。
 現在、日本は、ロボット出荷台数45,500台でロボット・システムエンジニア数が推計2万人程度なので、タイのロボット出荷台数3,386台を単純に比例計算すれば、1,500人程度で自動車産業以外ロボット未導入の分野がほとんどなので、今後同分野にロボット導入するには、日本以上にロボット・システムインテグレーター企業の活躍が重要で、タイ政府は5年以内にロボット・システムインテグレーター企業を現在の200社程度から1,200社にすることを目指している。

6. タイ政府のロボット・システムインテグレーター育成

 タイ政府は、EECの開発と連動して、工業省傘下のTGI(Thai-German Institute EEC内のチョンブリにある)にCenter of Robot Excellence(CoRE)を設けました。国内10大学、タイのSIer団体(TARA)等の連携で、ロボッシステムインテグレーター育成を始めた。自動化・ロボット化に関する課程(10大学が設置検討)を有する大学出身者は、タイの自立化に必要な自ら技術を開発し技術管理できる高度人材と期待されています。ただ、工業省によれば、現在、最も必要とされる人材は、「高専卒・専門学校卒」でロボットのティーチングなど現場の技能者レベルといい、高専をEECに新設する予定です。
 また、個人のスキル向上も重要で、タイ政府は、ロボット・システムインテグレーターのスキル認定基準(レベル3~7)策定を日・米・加・独など先進国をベンチマークし検討を進めています。タイの制度の凄いのは、このスキル認定が賃金とリンクしていることです。個人のスキルアップのインセンテイブになると期待しています。日本も2017年度に「ロボット・システムインテグレーター(ロボットSIer)スキル基準」を策定しましたが、これはSIer企業が備えるべき能力を規定したものです。個人のスキル標準は2019年12月に発表予定で、スキル標準、教育プログラム、テキストをセットにするべく現在作成中です。

7. リーンオートメーションの位置づけ

 タイ政府は、中堅・中小企業へのロボット導入を円滑にする目的でリーンオートメーションを三段ロケットで推進しています。一段目は機械にIoT装置を付け(機械の見える化)2段目では、作業員の動作を把握して機械の無駄や動作の無駄(人の動きの見える化)3段目にロボットが得意な作業を特定したうえで自動化・ロボット化を計画するという考えです。つまり、ロボットに無駄が多い作業をティーチングしても生産性はあがらないので、ロボット導入前にカイゼンを進めるべきという考え。リーンオートメーション分野は、長年、泰日経済技術振興協会(TPA)が活躍しています。TPAは、昨年、自動化・ロボット化に注力するべくTPAオートメーション・ロボット&IoT研究所(TARII)を設置しました。

8. 日本への期待と今後の取り組み

 現地に進出している日系企業のプレゼンスは大きく、現地の進出している日系企業より、日本流のモノつくりをベースとした①カイゼン②手の動きの可視化③ロボットティーチング(例)三明機工株式会社のロボットアカデミー)④生産シミュレーション(例)株式会社デンソーのLASI)など幅広い分野で実施され、日本ロボットSIer協会とタイロボット工業会(TARA)の交流も開始されました。
 高等教育分野では、日本のモノ作り思想、特にトヨタ生産システムの考え方を大きく反映した泰日工業大学(TNI)が創設13年を迎え、5,000人を超える産業人材(日系への就職半数超える)を輩出し、今回、国際プログラムの枠組みで(デジタル工学、データサイエンス・分析学、国際ビジネス経営学の)3課程新設。CoREの取り組みにも10大学の主要大学としてタイのロボット・システム関連技術者育成に取り組むことになります。
 自動車産業以外ロボット導入が遅れているタイの産業では、工場管理などでも、まだ、紙とExcelで行うケースも多いので、IT化とIoTが同時に進むようなところもあると日系ITベンダーが話していました。丁度、日本の中堅・中小企業も同じような状況で、IoT導入へのハードルを下げるため、すぐにでもできることとして、「身の丈IoT」、「明日からでもできるIoT」を提唱、経産省のスマートモノづくり応援隊事業として、全国29拠点で実施。カイゼン指導の機能も内包したタイ版「スマートモノ作り応援隊」の創設の支援がタイ側から要請されています。
 今後タイが発展するためには、①から④の製造業高度化に向けたコア技術に係る人材育成をパッケージで実施していくことが大事です。今年、タイがASEAN首脳会議の議長国でもあることから、日タイ両政府首脳も会談される機会も多くなります。日タイ政府のConnected Industries協力の枠組みの下で、効果的にパッケージ化できれば有難いので、政府間でのすり合わせ等お願いしたいものです。

【了】

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