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【コラム】医療機器雑感

産業機械その他

昌子 久仁子

  • 職位:
  • 特任研究主幹(2022年3月まで)
  • 研究領域:
  • 医療保険制度、医療政策、規制科学

2019年9月10日
機械振興協会経済研究所 特任研究員 昌子 久仁子


 いろいろなことには偶然がつきものである。

 その偶然が何かの機会に必然になる。そんなご経験はないだろうか。
 私にとって医療機器との出会いはまさに偶然であった。
 製薬会社の研究所を退職し、主婦をしていた私が再就職した会社が米国医療機器の会社であった。医療機器に特段の知識も関心もなかったにもかかわらず、米国のイノベーティブな製品と対峙することになるとは、思いがけないことであった。
  薬学部出身だったこともあり、治療の主役は薬であり、医療機器はその補助にすぎないという私の認識を当時のイノベーティブな製品ステントが変革した。当時はある種の医療の転換期に差し掛かかっており、ステントのような医療機器が主役に、薬が補助になることを目の当たりにして、医療機器の世界に没頭することになった。
 まさに私の中で偶然が必然に転換したのであった。

 医療機器は必然から生まれる。
 つまり、ニーズがあり、何らかの状況を打開しようとすることが源泉である。
 例えば、人工血管は戦時中兵士の傷ついた血管からの出血をとめるため、外科医の奥さんがパラシュート材料やワイシャツの布地からミシンで製作したのが始まりだと言われている。

テルモホームページより
テルモホームページより



 さらに医療機器に大きな変革をもたらしたのは、材料化学の発展である。塩化ビニル材料が開発されたことにより安全で安価な材料の供給が可能になったことである。
 血液バッグは1949年に米国で開発された。戦場で負傷した兵士の輸血用血液を空輸する際、パラシュートで投下するとどうしてもガラス 瓶は割れてしまう。これを解消するために塩ビ製血液バッグが開発された。落としても割れないだけではなくて、柔らかくて丈夫な塩ビの血液バッグは操作性が良く、またチューブで複数のバッグをつないで無菌的な調整を行うこともできることになった。

採血瓶をデザインした1974年当時の切手
採血瓶をデザインした1974年当時の切手



 Dr. Suzan Alpert(元FDA医療機器審査ディレクター)が2011年のセミナーにおいて “医薬品は「発見」されるものであるのに対し、医療機器はヒトに対して何らかの作用を及ぼすべく「設計」されるものである” と述べたことが印象深く、必然である医療機器の本質を語っていると思われるのである。

 医療機器開発には材料化学、物理学、機械工学、電気工学、人間工学,コンピューター工学などの学問を融合し、総体で成し遂げられるものであり、必然として設計されるものである。さらに、再生医療等製品や医薬品と医療機器のコンビネーション製品などやAI技術を駆使した医療機器は先を見据えて設計され、医療手技を大きく変えるものとして期待は大きい。

手術ロボット(DaVinci)
Intuitive Surgical社
手術ロボット(DaVinci) Intuitive Surgical社


経カテーテル大動脈弁治療(TAVI)
エドワーズライフサイエンス社ホームページより
経カテーテル大動脈弁治療(TAVI)
エドワーズライフサイエンス社ホームページより



 新しい医薬品や医療機器の開発、再生医療技術の進展、遺伝子情報に基づく医療など、目覚ましい発展を続ける医療技術は、我々に新たな可能性と希望を示している一方、これら新しい医療技術を臨床現場へ導入するにあたっては、医療に関連する諸制度に関わる幅広い課題を提起している。行政、業界、アカデミアが一体となって取り組み、グローバルを視野に議論がなされることを期待したい。

 この偶然の出会いからはじまった私の医療機器との旅路はいつしかヘルスケア領域の技術革新とその政策課題へとテーマを拡げ、(一財)機械振興協会 経済研究所の医療政策研究会(2018年6月開始)につながっている。

 医療機器との偶然の出会いは私にとって必然であったと、その幸運に感謝したい。


 参考として、これまでの医療政策研究会のテーマを下記に列挙する。

第1回(2018年6月)  医療機器に関連する近年の制度改革と今後の課題
第2回(2018年7月)  日本の医療イノベーションの課題
第3回(2018年9月)  超高齢社会への対応―社会保障制度改革の視点―
第4回(2018年10月) MID-NETプロジェクトとリアルワールドデータの活用
第5回(2018年11月) ライフサイエンス分野の法政策
              イノベーションは、法政策なしに生み出される?
第6回(2018年12月) 医療ビッグデータを用いた医療技術・医療機器評価
第7回(2019年1月)  医療機器業界のトレンドを踏まえたビジネス機会
第8回(2019年2月)  医療の進化に貢献する医療機器開発について
第9回(2019年3月)  AI医療機器について:日本と米国の状況、日本の課題など
第10回(2019年4月) 現場からの医療改革:製薬・医療機器開発のガバナンスを考える
第11回(2019年5月) 医療人工知能と未来社会
第12回(2019年6月) 日本の医療政策の課題と提案
第13回(2019年7月) コストの観点からみた再生医療普及の課題と今後の方向性



【参考資料】

1.医療機器今昔物語総集編
  2016年4月発行 発行 (一社)日本医療機器テクノロジー協会(MTJAPAN)
2.医療機器規制に関する近年の振り返り
   昌子 久仁子 他  医薬品医療機器レギュラトリーサイエンスVol.49 No.12


【了】

2019年09月10日
No.7(2019年9月)

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